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多摩平の40年

昭和33年ごろの人々は、どういう暮らしをしていたの?
昭和33年ごろの豊田駅付近
中央マーケット


豊田駅ができたのは、明治34年のことでした。
当時の日野町の人口は、7625人。
豊田駅北口周辺(現・多摩平)は、一面の桑畑でした。

多摩平が今のように栄え、たくさんの人々が移り住むようになったのは、
昭和33年に多摩平団地が建設され、入居が始まったことがきっかけです。
この団地の開発と合わせて、周辺に小学校や商店ができたのでした。
今から40年前のことです。


昭和33年ごろの多摩平6丁目(緑地通り)。
現在の「五小バス停」付近から、泉塚方向をのぞむ。

右側の建物は、現在のノムラ薬局付近。
左側の手前から2軒目の四角い建物は、「奈良薬品」です。
遠くに、泉塚交差点の公団住宅が見えます。
このころは、ブロック塀もまったくありません。

それにしても、車が全然通ってないですね。
これは道の真ん中に立って撮影した写真のようです。
今どき、道の真ん中で写真なんか撮っていたら、
車にはね飛ばされます……(^_^;)


平成12年現在の同じ場所です。(道路の真ん中では怖くて撮影できませんでしたが……)
奈良薬品と手前の民家は、昭和33年当時のままです。
昔は泉塚交差点付近に見えていた公団住宅が、
今は緑におおわれて隠れてしまっています。

同じく昭和33年ごろの緑地通りです。
現在の「まるむラーメン」付近から、日野自動車方向を見ています。
日野自動車の本社ビルはまだなく、
工場の煙突らしきものが建っているのが見えます。
モミの木も、まだ小さいですね。

左側の建物は、
手前のガラス窓が開いている建物が「オハラ美容室(現・たんぽぽ治療院)」、その向こう側が、現在の「こまつドラッグ」のある場所です。

旧式の自動車が止まっています。のどかだ〜。


上と同じアングルで撮影した、昭和43年ごろの写真。
緑地通りが舗装されています。
正面に、日野自動車敷地内のモミの木が見えます。
10年前に比べて、ずいぶん商店が建っている様子がわかリます。

道路右側の一番手前の建物は、現在の「喫茶トムの家」付近。
まだ歩道は整備されていません。
手前右側の空き地では、昭和40年代、夜になると大きなスクリーンがはられ、よく野外映画上映会が開かれていました。
ニュース映画や「ウルトラマン」などを親と見に行った記憶があります。


ほぼ同じアングルから、現在の様子です。